頑張り続けていたら心がポッキリ折れた【自律神経失調症闘病記その1】

皆さんこんにちは、ナベ(@naoki_watanabe)です。

ブログでも時々話をしますが、僕は自律神経失調症を患っています。

少し良くなったりまた悪化したりを繰り返していますが、とうとう丸3年になりました。

自分ではかなりの長期になったなと感じていますが、世の中にはもっと長い猛者もたくさんいるので、良いのか悪いのか分かりません。

そして少し良くなったと思って油断するとすぐに悪くなるため、自分でも呆れながらこの病気と付き合っています。

そんな状況でも少しでも前を向きたいため、この度自律神経失調症闘病記を始めることにしました。

読んだ人を勇気付けたいとかそんな理由は全くなく、完全に個人的な都合で書きます。

ですので読者の皆様も、病気の人間がどんな気持ちで生活しているかに興味があったり、人が落ちぶれていく様に興味があったり、自分よりも下の人間がいるのを実感することで勇気が出るなどの理由で楽しんで読めそうな方にのみオススメできる内容になっています。

どうして闘病記を書こうと思ったかの詳細についてはいつか裏話でも書こうと思います。

それでは自律神経失調症闘病記スタート!

無理をし続ける日々

社会人になってからずっと無理をし続けていた。

残業はずっと40〜60時間。

もっと多い人もたくさんいると思うけど少なくもない時間だ。

そして記録に残らない残業もあった。

出張先での滞在時間は完全に自主申告制。

正直に付けて残業が足りなくなって苦しくなると予想されたときにはわざと少なめに付ける時も多々あった。

問題は労働時間が長いことだけではない。

酷くプレッシャーがかかる業務内容。

品質関係の仕事をしているのでお客さん、上司、社内の多部署からの圧力も半端なかった。

仕事中心が休まる時もほとんどなかった。

下手すりゃプライベートでも神経をすり減らしていた。

少しずつ出始める異変

そんな生活を続けていて、最初に体に違和感を感じたのは3年目の時。

夜眠ることができなくなった。

どうしても仕事のことを考えてしまって興奮して寝付けないのだ。

そして食欲も無くなっていた。

自分はどちらかと言うとがっつり食べるタイプ。

しかしこの時は全く食べる気持ちになれなかった。

そんな状態でも仕事は休まず気合いで続けていたら気が付いたら治っていた。

体の不調を感じる余裕もないままに生活していたら気付いたら何も感じなくなっていたと言うのが本当のところだろうか。

5年目にも食欲が無くなった。

今度はかなり重かった。

食欲が無いだけでなく無理やり食べようにも食事が喉を通らない。

ずっとお腹が張っている感じがする。

食べると吐いてしまう。

かなり痩せた。

10kg程度で収まってくれたのがせめてもの救い。

しかし元々痩せ型だったので身長170cmに対して体重が40kg台にまで落ち込んだのでヒヤヒヤした。

その時は運良く体に合う薬が見つかったので食欲は回復した。

その薬の名は六君子湯。

それからも幾度となく食欲不振を救ってくれることになる薬だ。

おかげでなんとか生きながらえることができた。

六君子湯の記事

体が動かなくなっても無理やり動く日々

7年目、とうとう体が動かなくなった。

朝目が覚めても起き上がることができない。

力が全く入らないのだ。

しかし会社を休むことができないので時間をかけて布団から出て張ってでも会社に行った。

そうしたら今度は目も覚めなくなった。

起きたら出勤時間を過ぎている。

目覚ましもたくさんかけているがいつの間にか止まっている。

それでも遅刻してでも会社に行った。

少し休もうとか微塵も思わなかった。

休むと言う選択肢が自分にはなかった。

考えることすらできなかった。

とにかくひたすら働いた。

前みたいに忙しくしていたらいつの間にか治っていることを信じて。

ついに会社で倒れる

無理をし続けて1ヶ月くらい経った頃だろうか。

とうとう会社で倒れた。

倒れたと言っても壮大にぶっ倒れたわけではなく、躓いてこけた程度だったが力が入らなかったので診療所に行った。

そこでしばらく安静にし、保健師さんと話をした。

当然病院に行くことを勧められる。

めまいの症状もひどかったので耳鼻科と心療内科の両方に行くことにした。

こんな状況になってもまだ働き続けた。

倒れた翌日には徹夜で働いた。

品質トラブルが夜間に発生し、周りに誰もいなかったため1人で対応するしかなかったためだ。

書いていて自分でも思うが倒れた次の日に徹夜で働くのは頭がおかしい。

かなりの末期症状であったことだけは確かだ。

心療内科で自律神経失調症と診断、心がポッキリと折れる

倒れた週の土曜日に心療内科に行った。

当時妊娠中だった妻もついてきてくれたことを覚えている。

それくらい心配されていたのだろう。

そこでこれまでのことをいっぱい話した。

とにかく働き続けたこと、何度も体調を崩していたが無視して突き進んだこと、何回か精密検査をして何も異常は確認されなかったことなど。

そして病名が診断される。

その名は”自律神経失調症”

あまりの馴染みのない名前だったがようやく病気だと診断されたこと、そして診断書が出たことにホッとした。

そうか自分は病気なんだ。

これで堂々とゆっくりすることができる…

そう思った瞬間緊張の糸が解けたのか体が動かなくなった。

頭が真っ白になった。

これまで病気と気付かず無理を重ねてきたのだ。

それが病気だと分かったので反動が来た。

しばらく動けなかった。

心にぽっかりと穴が空いていることにすらこの時初めて気付いた。

自分は何か大事なものを失ってしまった、そんな思いがどんどん広がっていき、放心状態で病院を出た…

続く。